2025年のアメリカの夏。例年ならば、全米が熱狂するようなヒットソングや映画、SNSをにぎわすファッショントレンドが次々に登場するはずのこの季節に、今年は“ある違和感”が静かに広がっています。
その現象は「Brain Rot Summer(ブレインロット・サマー/脳が溶けたような夏)」と呼ばれ、アメリカのSNSや若者を中心に共通の“空虚感”として語られ始めています。
本来のアメリカの夏文化とは?
アメリカの「夏」は、ただ気温が高くなるだけではありません。音楽・映画・ファッション・イベントなどが一体となった、いわば“季節まるごとのカルチャー”です。
たとえば:
・街じゅうで流れる「夏のアンセム(ヒット曲)」
・公開初日に行列ができるハリウッドの話題作映画
・サマーセールや限定ドリンクなど季節感ある消費
・SNSでみんなが投稿する“ビーチ・BBQ・花火”の定番写真
こうした要素が重なり合い、「ああ、今年の夏だな」と感じさせてくれる文化的ムードが例年にはありました。
なぜ「今年は何もない」と感じるのか?
2025年の夏、こうした「季節の高揚感」が極端に少ない――という声がSNS上で多く見られるようになりました。
TikTokやX(旧Twitter)では、「今年の夏、なにが流行ってるの?」「何にも刺さらない」といった投稿が増えています。
背景には以下のような要因があると指摘されています:
・SNSのアルゴリズムによる文化の“個人化”
・政治や気候、経済不安による「お祭り気分の欠如」
・みんなが一緒に楽しめる“文化の中心”が存在しない
その結果、「今年の夏は静かすぎる」と多くの人が感じるようになっているのです。
「脳が溶けたような夏」という感覚
この「文化の空白」を象徴するように登場したのが「Brain Rot Summer」という表現です。
意味としては、「脳が溶けるような無気力感」「何も頭に入ってこない、刺さらない感じ」などが近いでしょう。
Z世代を中心に、ちょっと自虐的に、でもリアルにこの言葉が広まり、TikTokのハッシュタグやコメントでも頻繁に見かけるようになっています。
日本にも共通する兆し?
この感覚、日本でも共感する人が少なくないかもしれません。
「流行が多すぎて、結局何が流行ってるのか分からない」
「バズるけどすぐに忘れられる」
「夏なのに、なんとなく盛り上がらない」
こうした“文化の薄まり”は、国境を越えたデジタル社会の副作用とも言えます。
それでも、私たちの「夏」は作れる
一方で、「みんなが同じものを楽しむ夏」がないからこそ、自分だけの夏を楽しむチャンスでもあります。
誰かと比べなくても、特別な体験がなくてもいい。
そんな「静かな夏」に、小さな喜びや心の余白を見つけている人もいます。
2025年のアメリカの夏は、騒がしくない。
でも、その静けさが何かを物語っているのかもしれません。
「Brain Rot Summer」という言葉を通して、今の時代の文化と社会の“間(ま)”を考えてみるのも面白いかもしれません。
Brain Rotと言えば、Italian Brainrotって何?



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